2025.12.18 平行投影が設計者の感覚を狂わせる——映像表現から学ぶCADと現実のギャップ

 

こんにちは、研究開発部の新井です。

今回は、映画の映像表現における見え方の操作、機械設計のCAD画面でのモデル表示が生む違和感、
そして製造現場で避けて通れないバリの存在という一見関係ない3つをつなげて考えてみたいと思います。

 

映画における「見え方」の操作

スタンリー・キューブリック(1928–1999)は、緻密な映像表現と独自の美学で知られる映画監督です。
代表作には『2001年宇宙の旅』(1968)、『時計じかけのオレンジ』(1971)、『フルメタル・ジャケット』(1987)などがあり、いずれも強烈な映像体験で観客の感覚を揺さぶりました。
ちなみに、私は『2001年宇宙の旅』にあまりに衝撃を受けて、鑑賞後に立ち上がることができませんでした。

キューブリックの代表的な映像手法を示すのが『シャイニング』(1980)の廊下シーンです。
三輪車に乗った少年がホテルの廊下を走る場面で、観客が受ける印象は廊下の異様な長さです。実際には普通の廊下なのに、映像では果てしなく続く迷路のように感じられるのです。

 

 

ここで登場するのが透視投影という考え方です。
透視投影とは、人間の目が捉える現実の見え方を模した投影法で、遠くのものを小さく、近くのものを大きく表現します。

映画はカメラを通して撮影されるため、映像に映るものは必然的に透視投影の原理に従います。

キューブリックはこの「透視投影がもたらす見え方」をさらに強調するために工夫を凝らしました。代表的なのが一点透視の構図です。
画面中央に消失点を置き、左右対称に構図を整えることで、観客の視線は必然的に奥へ吸い込まれます。
その結果、観客は整然とした秩序と逃げ場のない緊張感を同時に味わうことになります。

さらに、彼は広角レンズを組み合わせて利用しました。
広角レンズを通すと、画角が広がり、視野の端から端までの情報を一枚に収めようとするため、近くの物体は極端に大きく、遠くの物体は極端に小さく映し出されます。
これは透視投影の効果を強調するもので、奥行きの差が現実以上に誇張されるのです。
結果として、普通の廊下であっても、観客には果てしなく続く底知れない空間として知覚されるようになります。

ここで大切なのは、観客の感覚が透視投影によって操作されているという事実です。
透視投影は現実に忠実な投影法であるはずなのに、構図やカメラの工夫によって人は実際以上の長さや広がりを感じてしまう。
キューブリックはこの仕組みを巧みに利用し、観客の感覚を現実とは違う方向へと導いたのです。

 

CADが生む現実との違和感

一方で、機械設計のCADにおける3Dモデルを見てみましょう。ここで主流なのは、透視投影ではなく平行投影です。

平行投影とは、遠近感を取り除き、すべての寸法を等しい縮尺で表す投影法です。
現実の見え方とは異なりますが、機械設計の標準的な表示方法として広く用いられています。

平行投影がCADで重宝される主な理由は次のとおりです。

■寸法の正確な伝達

画面上のモデルの寸法が常に同じ縮尺で表現され、設計者間で誤解なく情報を共有できる。

■部品移動や配置の安定性

画面上でモデルを移動させても遠近感による歪みが起きず、構造や配置を安定して把握できる。

■マニュアル作成への応用

組立・分解手順を立体的にわかりやすく示せるため、組立図や技術文書で広く使われている。

しかし、平行投影にも落とし穴があります。

平行投影は奥行きの手がかりを意図的に削ぎ落としているため、人の感覚を結果的にずらしてしまいます。
具体的には、距離による大きさの変化が起きないので、透視投影で用いられた遠くを小さく、近くを大きく見せるという奥行き知覚に重要な要素が欠けています。
そのため、現実の視覚が与える印象とは異なる感覚を生じやすいのです[1]

したがって、キューブリックの観客が透視投影で感覚を操作されたように、設計者はCADの平行投影によって感覚を操作されてしまうのです。

そのため、CAD上では正しくモデリングされていても、実際に製作された3Dモデルを手に取ったときに
「思ったより厚い」
「想像以上に長い」
のように、印象が変わることがしばしば起こります。

さらに、このCAD上の3Dモデルと実物の違和感には、平行投影以外にも以下のような要因があります。

■奥行き認識の弱さ

そもそも人の知覚は幅や高さに比べて奥行き寸法の認識精度が低いため、細長い軸や穴の深さなどはCADと実物で印象が大きく変わることがある。[2]

■参照物の欠如

CADにおいてモデルは画面上で単独で表示されることが多く、現実において実物を見ている際のように手や既知の部品と比較できないため、大きさを誤認しやすい。[3]

■距離感の錯覚

人の視覚は、モデルのサイズ感を把握する際に、CADが設定している対象物まで仮想的距離ではなく、目からモニターまでの物理的距離を基準に判断するため、サイズ感にズレが生じやすい。[3]

つまり、CADで表現された3Dモデルと人間の知覚のあいだには構造的なギャップが存在しており、それが設計者にモデルと実物との「違和感」として現れるのです。

参考文献:

[1] Hancock, Mark, et al. “The effects of changing projection geometry on the interpretation of 3D orientation on tabletops.” *Proceedings of the ACM International Conference on Interactive Tabletops and Surfaces*. 2009.
[2] Saleeb, N. “Effects of the differences between virtual and physical perception of space on building information modelling.” *WIT Trans. Built Environ* 149 (2015): 21-32.
[3] Chen, Junjian, Zhongyuan Liao, and Yi Cai. “Enhancing Size Perception with True-Size Viewing CAD plug-in and Cloud-enabled AR APP.” (2023).

 

CADには現れないバリ

先ほどは形状やサイズの違和感の話でした。しかし、3Dモデルと実物の違和感どころか、3Dモデルでは全く現れないのに、切削加工で作られた実物には必ず現れるものがあります。

それがバリです。

CAD上のモデルで見えるのはきれいなエッジだけですが、実際に加工するとエッジ上にバリが現れます。
しかも、バリの位置や大きさは加工条件、工具の摩耗、切削方向などで大きく異なります。

現場ではこのバリを取り除く「バリ取り」が避けて通れません。
切削直後に残ったバリを除去しないと、組立不良や機能不良の原因になり、最悪の場合は不良品として廃棄せざるを得ないこともあります。
バリは、工作機械内での加工では完全に処理できず、最終的には人が手作業で除去している場合もあります。
また、限られたタクトタイムにおいて、バリが残らないための手法の決定や条件設定の試行錯誤が必要です。
生産時にバリが残ってしまった際はやり直しが発生することもあります。したがって、バリ取りは製造現場にとっては大きな負担のひとつとなっています。

一方で、設計段階ではこうした現場の苦労が目に見えにくいのも事実です。
図面に「バリなきこと」と一行で指示しても、それだけでは実際の作業を十分にイメージしづらい場面もあります。

だからこそ、設計者にとって大切なのはCADでは見えないバリを想像する力です。

– この形状を加工したら、どこにバリが出るか?
– 誰が、どのようにしてそのバリを処理するのか?
– 設計を工夫することで、その負担を減らせないか?

こうした視点を持つことで、設計と製造の間にあるギャップを少しずつ埋めることができます。
「エッジあるところにバリあり」という意識を持つだけでも、設計段階での判断が変わってきます。

設計でできるバリ抑制の工夫には、たとえば以下のようなものがあります。

■エッジ部を鈍角にする・丸める・面取りする

鋭角なエッジは必ずバリが発生します。エッジ部を鈍角にすることで、大きなバリを抑制できます。角部や加工端部にR(丸み)をつける、面取り指示を設計図に加えるなども有効です。

■バリ取りしやすさを意識した形状にする

深い溝、交差穴、複雑な凹凸は、バリが取りづらくなる典型的な形状です。工具がアクセスしやすい形状に変更するだけでも現場の負担を減らせます。

■材質を変更する

製品の機械特性を満たしながら伸びが小さい・塑性変形しづらい硬質材料を選択することでバリの発生自体を抑制できます。ただし、切削加工性とのバランスが重要です。

 

バリを学ぶためには

製造業に携わる皆さんの中で、バリを体系的に学んだことのある方は少ないかと思います。
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おわりに:「正しさ」と「現実」のズレに気づく視点

キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』には、HAL9000という人工知能が登場します。

HALは宇宙船ディスカバリー号の頭脳として、航行や乗員の生命維持まで担うシステムとして設計され、決して間違いを起こさないとされていました。
しかし、ある場面で HAL が自らの正しさに基づいて下した「故障が起きている」という判断は、実際の状況や船員の認識と食い違いを生み、それがやがて深刻な事件へとつながってしまいます。
ここで示されるのは、システムが示す正確さと、現実の出来事が常に一致するとは限らないという点です。

これは CAD にも通じるところがあります。

コンピュータが描き出すモデルは正確で理想的ですが、設計者が画面で受け取る感覚や、実際に加工された部品で現れる現象は、必ずしも画面の印象と同じではありません。その典型例が「バリ」です。
CADには現れないのに、加工すれば必ず発生し、現場ではその処理が欠かせません。

図面やモデルの正しさを前提にしながらも、そこに映らない「バリ」の存在を想像してみること。
それが、より確実で現場に寄り添った設計につながっていくのではないでしょうか。


 

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